AE86トレノ
1999年第3戦SUGO。
現行車で争われるJGTCの中で、15年前の車をベースにした1台のマシンがデビューしました。
トヨタスプリンタートレノ。AE86という型式名から通称ハチロクと呼ばれるマシンです。
開発したのは後にGT500でも活躍するKRAFT。
チームを率いる平岡寿道氏曰く、
「その当時、面白いFRのクルマが無くなってきていたから、『ハチロクでつくっちゃう?』というノリで作った。」とのこと。
エンジンはGT500で使用されていた3S-GTEを使用。アペックスのAXタービンを装着し330馬力をマーク。
サスペンションにはフォーミュラマシン並みのインボート方式を採用するなど、当時の最新技術を15年前の車につぎ込んで制作されました。
ボディは予めロールケージをシャシの上に組み、その上からボディを架装するという、平岡氏曰く「ラジコンのような組み方」をして制作されたとのこと。
車幅はノーマルと比較して片側5センチ広げられました。
マシンの重量は、レギュレーションで[1050キロ以上]と定められており、元々軽量なハチロクはJGTCに参戦するため285キロものウエイトを搭載しました。(車体780キロ+鉛板285キロ=総重量1065キロ)
ちなみに製作費はF3マシンの部品を流用した結果、1000万円程に抑えられたとのことです。
戦績
ベストリザルトは1999年第4戦MINEでの5位。この他1999年の鈴鹿1000kmでは3位表彰台を獲得しました。
しかしコンスタントに上位を争う戦闘力は発揮できず、チームは2001年途中でマシンをMR-Sにスイッチすることを決断。
この年の第3戦SUGOがラストレースになりました。
悲劇的なラスト
デビュー戦と同じSUGOでラストを迎えたハチロク。
ドライバー、メカニックがラストを飾るべく奮闘しましたが、ハチロクには悲劇的な結末が待っていました。
中盤マシントラブルでスロー走行の後、SPコーナーの立ち上がりでストップ。
その直後にマシンの左サイドから火災が発生。
当初は比較的小規模な火災でしたがマーシャルが消火に手間取ったこともあり大きく延焼してしまいマシンはほぼ全焼してしまいました。
ドライバーも消火器を持って消火にあたる様子や、ピットのモニターでそれを見ながらメカニックが涙を流す様子は、JGTC・SGTの歴史の中で最も悲劇的はシーンの一つです。
その後、炎上したハチロクは平岡氏によると復刻計画もあったそうですが、実現には至りませんでした。
マシンは2006年頃までは神奈川県内の板金工場にて保管されていたことが明らかになっています。
まとめ
山形県在住の筆者はデビュー戦もラストレースも現地で観戦していました。
顕著は成績は残せませんでしたが、旧型車が現行車に立ち向かうという構図や、当時アニメが放送されていた頭文字D人気にも押されて多くのファンから支持されたマシンだったと思います。